裏ビジネスの話を友人から持ち掛けられた。
その友人は俺が高校生の頃からの悪友なのだが、めっぽう、変な商売と関わるのが好きだった。
彼は十代の頃から、インチキ新興宗教なんかにも出入りして、タダで飯食わせて貰って、他人をその宗教に勧誘したり、小遣いも貰ったりしていると言っていた。
ヤクザ絡みの仕事かな? と聞いてみたら、ヤクザは絡んでいないらしい。代わりに『半グレ』というヤクザではないけれど、犯罪的な行為をする一般人みたいなのは絡んでいるらしい。その仲介者である友人の友人は株で儲けていたり、謎のコンサルタント業で設けたりしている。それから、オーラ鑑定やチャクラ開発で毎回、五万~十万は貰っているという意味の分からない商売だとか。
「で、お前って、今、どんな奴と友人なんだよ?」
「ん、と。事故車を高値で売り付けている奴とか?」
そう言って、友人は笑った。
彼はもうすぐ、三十代も間近なのだが、妙に若々しい。十代と言っても通るだろう。
「事故車ねえ。人身?」
「もちろん」
「もしかして、人●してる?」
「そういうのもある」
友人は平然と言った。まあ、彼が付き合っている友人なので、俺との面識は無い。俺はまったく関係の無い第三者というわけだ。
「お祓いとかするってよ。俺、幽霊ぜんぜーん信じてねぇんだけどさあ。そいついわく、とにかく見えるらしいのよ。で、お札とか買うんだってさ。一枚3万くらいで。で、家の中に貼っていくんだって。すると、ぱったり見えなくなる」
「幽霊なんているのかよ?」
「知らねぇよ。罪悪感なんじゃね? 俺は見えねぇもん。なんつーかな。結局、お札とかってのも紙キレじゃん。霊感商法とかもボロい商売だよなあ、俺やってみよっかなあ。式神飛ばせます、呪い代行します、とか言って」
そう言いながら、友人はゲラゲラと笑っていた。
「で、今日、俺に誘ったビジネスってのは、どんなんよ?」
「ん、直球で言うわ。ネズミ講な」
彼はニヤニヤと笑っていた。
「ホント、直球だな。もうな、お前、死ね。死ななくていいから、さっさと捕まれよ」
「もう、5人は勧誘しているぜ。お前やってくれたら、6人な。で、お前も別の奴、勧誘すればいいんだよ。そしたら、俺達はウィン・ウィンじゃね? 多分、これで百……百二十万くらいは入るんじゃねぇかな。入ったら、×××街の風俗行くわ」
最低のクズ野郎だった。
「あのなー、もう俺に商売の話してくるなよ、もういい加減にしろよ」
「試しにちょっとだけでもいいからさあ、な? な?」
俺はこいつをブン殴ってやろうかと真剣に考えたが、何とか踏み止まって穏やかに説得して、今日の処は帰って貰った。
友人は気が向いたら、このビジネスの誘いに乗れよと言って、帰っていった。
俺はその時は安心したのだが……。
けれども、俺は正直、最近、金に貧窮していた。
実は、あらゆるクレジット・カード会社を過去に踏み倒した事がある。俺はパチンコ依存症だったのだ。それが酷くなり過ぎて、月に数百万出ていくっていう時期もあった。とにかく、消費者金融に頼りまくった。
もう、今後は闇金にでも頼るしか金を借りる道はない。
そんな事を考えながら、俺は一個80円くらいのカップメンを啜りながら考えていた時だった。携帯の電話が鳴った。
「薬、売りさばかねえ?」
友人からそんなメールが入ってきた。
俺は金に貧窮していたし、実を言うと今は無職だった。明日、食べるものにも今後、困る事になるだろう。光熱費の支払いも滞っている。このままだとまず、ガス、電気が止められる。
電気が止められるのは非常にマズイ。スマホが使えなくなって、今後の活動範囲が狭くなる。
かといって、日雇いでも探して早急に金の工面をしようにも、求人雑誌を漁っても中々、そういったものは見つからない。それに日雇いなんて、正直、すぐにだるくなってくる。長期的に働ける場所が欲しいのだが……。
俺は二つ返事で友人から薬のバイヤーになる事を了承した。
「何、売りさばけばいいの?」
「シャブとか大麻とかじゃねーよ。脱法ドラッグだよ。警察から捕まる心配ねぇ」
友人と合った時に、俺は二十枚くらいのハーブの袋を渡された。
「それ、一つ五千から七千くらいで売れよ。三千円で仕入れてきたものだからさー。俺に売り上げの半分くれるのが条件」
「半分か、高ぇな」
「ライブチケット売るようにやればいいんだよ。それに、値段はお前の交渉次第で幾らでもつり上げていいぜ。じゃあ、こうしよう。一つ売れれば、二千貰う。五千円で売れればな。で、この俺に黙ってればいいじゃねーか。たとえば、二万で売れたら一万五千円、お前の懐に入れてちょろまかしちまえばいいじゃねぇか。な、な、それでいいだろ?」
「随分、親切だよな」
「うひひっ、そうやって売るんだよ。俺もそういう風に流してくる奴の眼、誤魔化している」
俺は渡された袋を持って、クラブの前やライブハウスの前などにたむろしている連中に、脱法ハーブを売りさばいて回った。とにかく、警官や時にはヤクザ連中の眼を盗まないといけない。脱法なので、警官なら注意されてブツを没収されるだけで済むかもしれないが、ヤクザの方が怖い。ヤクザは縄張りを荒らされたという事で、俺を見つけたら追い込みを掛けようとするだろう。良くて半殺し、最悪、文字通り殺されてしまうかもしれない。
それでも、俺は眼先の金欲しさに薬の売人を始める事にした。
そして、四日かけて20袋全てを売りさばいた。
俺の儲けは、一万四千円くらいだった。やはり、五千円で売っているものを一万円以上で売るだとか、そんなムチャな売り方をする事は難しい。
友人に四万を支払った後、彼は楽しそうに笑っていた。きっと懐が温かいのだろう。
「お前、売り方、下手じゃね? もっと、言い値で買ってくれそうな奴に売るんだよ。俺だったら、一万、一万五千で簡単に売りさばけるぜ? 五千円のブツをさ」
そう言いながら、彼は半ば勝ち誇ったように笑った。
俺はこいつから搾取されているのかもしれない……。ネズミ講の商売をしていると言っていたが、みな、こいつの奴隷か、こいつによって人生を壊された奴らばかりなんじゃないのか?
それでも、俺は金が欲しかった。
一万四千円なんて金、すぐになくなってしまう。
「なあ、売り方を教えてくれよ?」
「そうだなあ。やっぱ、クラブの前とかじゃなくて、クラブの中に入って酔い潰れている奴らに売るんだよ。上手くいけば、そいつらから財布の金をブン捕る事も出来るぜ。なに、酔っていれば分からねぇんだよ。自分の財布の中身がどんだけ減っていてもよ。酒で使っちまったかって考えになるよ」
そう言いながら、彼はゲラゲラと笑った。
確かクラブの入場料は三千円程度だ。
安い場所なら、二千円で入れる場所もあるかもしれない。
俺は必死で、俺は金集めをする事になった。
俺はそれから、友人を通じて、脱法ドラッグの売人になる事になった。何度か、危ない橋を渡った。この前なんて、女に二万で売りさばいて、財布までスろうとした結果、その女の彼氏にバレて、そいつらの仲間と共にトイレの中でボコボコにされた事もあった。奥歯がグラグラして痛いし、肋骨も軋んでいたが、大した事なんて無かった。行くクラブを変えればいいだけの話だ。とにかく、目先の金が欲しかった。俺も次第に稼ぎ方を覚えられるようになって、月に二、三十万は稼げるようになった。これで、光熱費も家賃も支払える。なんとかホームレスにはならずに済む。
ただ。
俺は自分の商品に少しずつ手を出したりもしていた。
どうせ、友人から出回ってくるものだし、所詮は脱法だ。シャ●やマ●ファナ、エク●タシーといったタイプのものじゃない。警察にバレても、まだ合法です、法律に違反していません、で切り抜けられる。
それから、半年とちょっと経過した頃だろうか。
俺に薬物の提供していた友人が死んだ。自殺だったらしい。練炭か何かで死んだとの事だった。友人の知り合いは、みな言っていた。自殺に見せ掛けられて、殺されたんじゃないのか? と。薬物のオーバードーズをしながらの首吊りだったらしいが、締められた首の痕が明らかに他者から締められたような痣の付き方で、在り得ない状況での自殺だったらしい。その筋では『エクストリーム・自殺』と呼ばれているそうだ。
俺はその話を聞いて、愕然としていた。
俺は深入りするべきではなかった。
俺は半ば、友人から貰った脱法ドラッグの中毒者になりつつあった。
最近では、脱法ハーブ屋やネットで売られているものを仕入れては、袋を入れ替えて、色々な場所で売っている。
今朝、鏡の前に立つと、げっそりと痩せ細った顔があった。
髪の毛を触ってみる。ごっそりと、髪の毛が抜けた。
最近、俺を嗅ぎ回っている者達がいる。警察だろうか? ヤクザだろうか? …………、外国人の可能性もある。詳細は分からない。ただ、俺はもうすぐ殺されるだろうという自覚はあった。何らかの理由で……。
そこそこ、売人の仕事は出来るようになっている。
だが、最近、どうも記憶力が悪い。一つ、一つ、メモしておかないとすぐに忘れてしまう。それから、食事の際に、味がしない事も多くなった。特にフルーツ類の味覚がよく分からない。
鏡を見る度に思う。
俺は何歳なのだろうか、と。
俺はまだ三十になるかならないかだ。
だが、明らかに鏡に写る顔は、四十代後半、下手すると五十代に差し掛かってもおかしい頃だった。
昨日、健康診断に行った……。
悪性の腫瘍が身体中に転移していると言われた。
俺はそれでも脱法ハーブを止められない。売りさばく事も、自身で吸引する事もだ。
俺はハーブの煙を今日も吸引する。売人の仕事の為に自分でも一服して行きたいのだ。
ごそり、と、俺の奥歯の一本が抜け落ちていった。