名作の怖い話 学生時代の恐怖の思い出「自転車旅行」
これは、私がまだ学生だったころのことです。
かれこれ、7年前に体験した話になります。
未だに、この記憶は頭から離れることはなく、脳に深く刻み込まれています。
あのときの、風景、言葉、感情など、詳細にいたるまで、細部まで思い出すことが出来てしまいます。
当時。
夏休みの長い時間をもて余していた私に、友人Yから「暇だし、どこか旅行に行かないか?」と誘いの電話をもらった。
暇はあるけど、金はない。
でも、海で10日くらいは遊びたいという希望。
そんな私達が考えついた旅行のプランは、それは「砂浜で野宿、ママチャリの旅」だった。
私達が住んでいる東京から、買い物用主婦自転車(通称ママチャリ)で千葉の九十九里浜まで行き、各地の砂浜で野宿しながらひたすら北上。
目指すは、リアス式海岸という計画だった。
とりあえず、電話で持ち物分担を話しあった。
どうせ暇だし、すぐに出発しようということになり、旅行は明日からということになった。
次の日の、午前11時出発。
記念に、まずは使い捨てカメラで写真を1枚パシャリ。
写真はその後も、歌舞伎座前など要所要所で撮りしていた。
東京を脱出したのが、午後3時過ぎころだった。
急遽決まった、無計画に近いようなずさんな旅行だったため、さっそく1日目から問題が勃発。
夜8時頃、千葉県四街道に差し掛かった辺りで道が判らなくなり、Yが用意してきた地図を見ようとしたのだが、Yが持ってきた地図は「東京23区マップ」だった。
Yが何を考えているのか意味不明だ。
もちろん、千葉県の地図は載っていないから、まったくもって役に立たない。
あきれ果てたが、こういうことはYと付き合ってると毎度のことなので、いちいち腹も立てていられない。
道は、人に聞くなり、コンビニで地図を見るなどして、確認していけば良いかと笑って済ませた。
というか、笑いが止まらなかった。
私達は、私が持参したコンパスを頼りに、ひたすら東に向かう。
あてにしていたコンビニも見つからず、ガソリンスタンドも営業時間を終了していたため、道を人に聞くことが出来ないまま、ひたすら進んでいた。
不安な気持ちが顔を出しながらも進んでいると、青看板の道路表示で、200m先で旧××道にぶつかり右折すると八日市場に向かえる、と示しているのを発見。
八日市場は、大学の友人の実家がある町だった。
そこが九十九里浜より北上したところに位置する町だと知っていたため、喜び勇んで私達は右折する。
旧××道は上り坂が多く、ママチャリで進む私達は立ち漕ぎで上らなければツライ場所も多かった。
時計を見てみると夜9時を過ぎていて、私達は体力的にも精神的にも余裕があまりなかった。
だんだんと判断力は薄れていき、Y字の分かれ道があると、看板も見ずに太い道の方を選択するようになっていた。
気付くと車通りはなくなり、両側は林、民家もない。
それどころか、街灯と街灯の間隔も広がり、明かりまで少なくなってきていた。
直前のY字の分かれ道からは、すでに40分以上は走っており、引き返す気にもなれなかった。
上空には、ときどき成田へ向かう飛行機が飛んでいて、ジェット音が聞こえてくる。
その音は、我々の不安感を払拭する手伝いを多少はしていたかもしれない。
さらに40分ほど走っただろうか。
それまで談笑しながら、女の話なんかをしていたYが急にマジな顔になって、
「この道やばくないか?なんだか、道が狭くなり出した気がするんだ。」
と言いだした。
言われてみれば、確かに道路の幅も狭くなっていて、道の舗装も荒れ始めていた。
「後さ。途中から、全く標識ないよな。しかも、車が全然通らないのって、これヤバくね?おまけに、道が長すぎだろ。何で交差点がねーんだよ?」
私も、さすがに不思議に思ったものの、基本的に楽観主義だからか、
「私道に入っちまったかな?でも、こんだけ長い一本道が、行き止まりってことも無いだろ?それに、こっちの方(田舎)の道なんて、こんなもんじゃねーの?」
と返事をする。
するとYは、
「やっぱり、この道おかしいよ。民家もねえしさ。なんか、静か過ぎるよ。飛行機の音、最後、いつ聞いた?間隔があき過ぎだろ。道路が荒れてるせいもあるかもだけど、ペダルがやけに重くない?つーか重すぎね?」
Yにそう言われてみると、だんだんおかしい気がしてきた。
さっきまで、頻繁に聞こえていたはずの飛行機のジェット音がしない。
おまけに、平らな道を走っているのに、ペダルが妙に重い。
でも、Yに同意するのが癪(しゃく)に感じた私は、
「両側が林なんだから、民家がないのも当然だろ?もしかすると、うちらが見落としているだけで、民家も、その辺にあったかもしれないし。飛行機だって、この時間になれば本数が減るんだよ。もう11時過ぎてるしさ。流石にこんだけ走り続けてりゃ、脚も疲れてペダルも重く感じるよ。」
Yは、その返事に納得いかない顔だったが、
「・・・・ま、そうだよな。」
と答えていた。
すでに、真っ直ぐの道を、ただひたすら1時間半以上も走り続けていた。
なんだか、辺りは暗くなり、私も急に不安を感じだしてしまったため、歌うことにした。
当時の流行ってた歌だったり、子どものころのアニメソング。
Yも流行歌は鼻歌程度の付き合いだったが、アニメソングになると一緒に歌い出した。
「ガンダム」を歌うころには、2人で大声熱唱状態で盛り上がっていた。
Yの、自転車を漕ぎながら熱唱する姿がなんだか笑えた。
私は、走りながらポケットからカメラを取り出し、大口で歌うYの姿を写真に収めておいた。
そして、恥ずかしながら、「魔女っ子メグ」を熱唱。
2人で大声で歌いながら、ペダルを思いっきり漕ぎ続け、
「シャランラァ~!!」
と絶叫しながら坂を登りきった・・・・そのときだった。
20メートル先に、白い服を着た女の人が道の左側を歩いているのが目に入ってきた。
その女性の後姿は、白い服を着ているからなのか、辺りの暗さにもかかわらず、はっきりと見えた。
私は
「わーー、今のシャランラァー絶対に聞かれてたわ!恥ずかしいーー!』
と真っ先に思ってしまう。
私はYに
「あそこに、人が歩いてる。」
と話し掛けると、Yは
「えっ?」
と、右斜め後方を走っていたYも恥ずかしいと思ったのか、女性と反対側の右側へふらりと寄った。
その女性は、デビュー当時の松田聖子のように内巻のヘアスタイルで、フワリとした感じの白いロングスカートに、レースの入った白い長袖のブラウスを着ていた。
私は
「おいおい、なんちゅー服のセンスと髪型だ?だれかの結婚式の帰りとかか?」
と思った。
ちょうど、女性の横を通りすぎるとき、私はYに
「道、聞こうよ。」
と言うと、Yは
「うっ?!」
っとビックリしたような、そして困ったような表情をしてくる。
私は、即Uターン。
さっきの女の人、綺麗だったら良いな、と思いながら、その女性に
「海岸に出たいんですが、どう行けば良いですか?」
と聞いた。
女性は、想像通りの綺麗な人だった。
かわいいというよりも、綺麗系だった。
だから私は、
「服装と髪型が似合ってないな。でも、綺麗だ。この子と話し込みたいな。でも、うちらブサイクだから相手にされねーかな?」
そんなことを考えた。
私は、下心丸出しで、かなりじろじろと見ていたと思う。
表情が暗いなと感じ「あ、俺たち不信者だと思われてる?」とちょっと心配になる。
女性は、なかなか返事を返してくれない。
2呼吸ほどの静寂。
彼女は、進行方向をゆっくり右手で指差す。
視線の端の方で、Yが一踏み程ペダルを漕いで少し進み、止まるのが見えた。
彼女の口が、ゆっくりと開く。
「・・・突き当たりの・・・・T字を・・・右に行けば・・・海に出ます・・・・」
蚊の鳴くような細い声。
ゆっくりと、ポツリポツリと返答してくれた。
怖い。
話し方が、怖い。
声が、怖い。
彼女の口が、妙に怖い。
そして、このときやっと、彼女がここにいることがおかしいのではないかと不信に思った。
辺りに、車は全く通ってない。
民家もなければ、自販機もない。
彼女は、手ぶらなのだ。
時間はすでに、夜11時半を過ぎている。
この時間、こんな場所を、女性が一人で歩いているのだ。
この現状に、なにかしら理由が欲しいと思ったのかもしれない。
彼女は体が透けているわけじゃないから、お化けや幽霊といった感じじゃない。 (私は、幽霊は体が透けて見えるモノ、という先入観がありました)
だからか、彼女は誰かにレイプされて車から捨てられたんだ、というストーリーを咄嗟に考えた。
だけど・・・彼女の髪や服装に、乱れ多様子はない。
そうか。
彼女は、彼氏とケンカして、そいつは酷い奴で彼女を置き去りにしたのかもしれない。
道を知っていることを考えると、この先に行った辺りにでも彼女の家があるはずだ。
そうだ、きっとそうに違いない。
彼氏とケンカして落ち込んでいるから、彼女は暗いんだ。
私は彼女に、とりあえず「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。
返事はすぐに帰ってこない。
振り返ると、Yの自転車がゆっくりと進み出していた。
彼女の口が、またゆっくりと開く。
「・・・右です・・・右に行って下さい・・・右」
その瞬間、
「ひぃぃっ!」
Yの、引きつるような声が聞こえてきた。
そして、急にYの自転車が加速する。
私は、慌てて彼女に大声で礼を言うと、全力で走るYを追いかけた。
ふと、後ろが気になり振り返った。
50メートル後方にいる彼女は、微笑んでいるように見えた。
私は、なぜか彼女の微笑みを見て安心し、心を落ち着かせることができた。
私は「ありがとう」の意味を込めて、彼女に大きく手を振った。
Yは、もう遥か前方を走っていた。
きっとYは、彼女を幽霊だと思っているんだと思うと、Yの肝の小ささが笑えてくる。
Yの臆病さを馬鹿にしてやろうと、全力で追いかけたものの、差はなかなか縮まらない。
10分ほど走っただろうか。
Yは、少しずつスピードを落としたのか、もう少しで追いつけそうなくらいまで近づけた。
Yの前方には、彼女が教えてくれたT字路が見えた。
T字は、右が下り坂で、左は上り坂だった。
正面には看板があり、左に曲がるとゴルフ場があるようだ。
3メートルほど前方を走るYに、私は
「そこを、右!右だ!!」
と声を掛けると、Yは振り向かずに返事をしてきた。
「ああ、そっちがいい。右だ!右にしよう!」
私は、Yの変な返答に疑問を持つ。
確かに彼女は「T字を右」と言っていたはずだ。
声は小さかったが、あの音のない場所では、Yにも彼女の声が聞こえていたはずだ。
Yは、T字を右折しながら振り向いた。
その視線は、私から私の後方へとずれていく。
そして、Yの顔が一瞬で強張る(こわばる)。
「なあぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」
Yが、意味不明なことを大声で叫びながら坂道を下りて行く。
その大声にビックリした私も、T字を右折しながら振り向いた。
なにもない。
私も振り向いたまま、自転車は坂道を下り始める。
T字の街灯の光になにかが入って、左の方へ抜けた。
なんだ?
靄?
影?
プレデター?
・・・わからない。
今見えたものが、なんだか判らない。
イノシシのようなモノの形で光を遮っていて、その形で空気が歪んでいた。
そして、それは滑るように左折して坂道を登って行ったのだ。
見えたのは、ほんの一瞬。
私も、全力で自転車を漕いだ。
怖い!怖い!怖い!
ついに見た!
初めて霊(?)を見た!
Yが見たのは、これだったのだと、ここで理解した。
もしかするとYには、私が彼女と会話しているときから、彼女の側らにいるアレがはっきりと見えていたのかもしれない。
あれは、彼女に憑りついていたモノだったのだろうか?
だから彼女は暗く、言動がおかしかったのか?
一気に、今までのことを理解した気になった。
体が震えている。
そのとき、急にペダルが軽くなった。
目の前に、広い道路と交差する十字路が見えた。
交差点には、ラブホテルの看板があった。
「左折1km」
Yが、怒ったような声で私を大声で呼んだ。
「おい!今日はラブホに泊まるぞ!絶対に泊まるぞ!」
2人は同時に左折した。
上り坂だったが、やはりペダルが軽い。
ラブホテルの駐車場に、ママチャリを2台停めた。
荷台にカバンを括り付けていたロープを一気に解くと、ラブホに飛び込んだ。
受付は、男性だった。
「自転車旅行中に体調が悪くなったので、泊めて下さい!お金はあります!」
受付の男性は、
「自転車?若いなあ。」
と呟き、笑いながら、
「男同士は基本的にダメなんだがな、いいよ。5800円だ。」
と、快くOKしてくれた。
私達は折半で支払うと、男性は布団一式と目覚し時計を用意してくれた。
そして
「特別に一番高い部屋に泊まらせてやる。」
と言うと、私達は最上階にあるメチャ広い部屋に通してもらえた。
受付の男性が、部屋を出るときにビニール袋を置き、
「これはやる。あと、好きな時間にチェックアウトしていいぞ。」
と言い残し出て行った。
ビニール袋の中身は、缶ビール(500ml)4本と菓子パン数個だった。
明るい光の中で見たYの顔色は、真っ青というか、ダンボールのような色をしており、表情は怒りに震えているようだった。
2人は、無言のままビールを開け、一口飲んだ。
その途端、Yは溜まっていたもの一気に吐き出すように捲くし立てた。
「お前だ!お前が悪い!何を考えてるんだ?!信じられない、馬鹿だ!!お前のせいだからな!!!」
酷く興奮したYに、私はなだめる様に話し掛けた。
「だって、あんなのがいるなんて知らなかったからさ。あの女が・・・」
私が話していると、Yは遮るように、さらに捲くし立てる。
「女?なんだ?あれは、ババアだったか?!ババアのお化けか?!それとも、単なる黒いボロ布をかぶった普通のバアさんか?いや、普通のばあさんが、あんな速度で追いかけて来れるわけねーだろ!お化けか?!幽霊か?!つーか、人間の形じゃねーだろ?!あんななんだか判らないモノに声を掛けるなんて、お前はキチ○イだ!!おまけに、なんだアレの声は!『左だぁ!左だぁ!』って叫びやがって。アレの声が響くたび、頭が割れるようだったぞ!!あそこで右に行ってなかったら、絶対殺されてたな!!つーか食われてた!!お前が偉かったのは、あそこで右に曲がった事だけだ!!」
Yは肩で息をし、缶に残ったビールを一気に飲み干した。
ババアだ?
黒いボロ布だ?
『左だぁ!』と叫ぶ?
Yは一体、なにを言ってるんだ?
私は、意味が判らずにキョトンとするしかなかった。
私に見えたのは、白い服を着た若い女性で、「・・・右です」と消えそうな声だったはず。
おまけに、彼女はかなりの美人で、瞳だって・・・えーと、目は・・・
ん?
あれ?
どんな目だったか、思い出せない・・・。
大きな二重?
切れ長な一重?
鼻は?
口は?
髪型や服装は思い出せるのに、肝心な顔がまったく思い出せない。
たかだか、20分前に見た人物の顔が思い出せない。
あんなに、じろじろ見ていたはずなのに・・・。
も・・・もしかして彼女も??
そんなはずはない!
だって、彼女は透けてなかった。
あんなにハッキリ見える幽霊っているのか?
背筋を冷たい汗が流れる。
頭は錯乱していた。
そして、錯乱した頭で考える。
Yが見たのは「黒い何か」で、私に見えたのは「彼女」だった。
Yには「黒い何か」が『左』と言い、私には「彼女」が『右』と答えた。
左へは「黒い何か」が駆け上り、右に来た私達はラブホでビールを飲んでいる。
もしあのとき、もしも左に行っていたら、私達はどうなっていたのか?
判るのはこれだけだったが、この事をYには言ってはいけないような気がした。
何も言わない私に、Yは罵声を浴びせ続けたが、
「ごめん」
と一言謝ると、Yは急に落ち着いたようで、
「風呂にでも入るか・・・」
と立ち上がった。
6人で入れるような風呂に、ビールと持参したウイスキー(ダルマ)を持ち込み2人で入り、無言でダルマが空になるまで湯船に浸かった。(1人になるのが怖かったので)
風呂から上がった私達は、モロに泥酔状態で、いつ寝てしまったのか、気付くと朝になっていた。
~後日談~
次の日、Yは妙に元気がよく、朝からエロチャンネルを見てはしゃいでいた。
元気なYは、
「早く海が見たいな。」
とやる気マンマンで、ラブホを飛び出すように出て、私達は海へ向かった。
旅行中、私は意図的にあのときの話をしなかった。
結局旅行は、茨城県大洗海岸まで数日かけて行き、そこで4泊した後、行きと違うルートで東京まで数日かけて帰った。
旅行の3日後。
「現像に出していた写真が出来た」
とYから連絡があり、旅行の思い出話をするため、二人でファミレスで待ち合わせた。
私は、自転車のルートを一緒に確認したかったので、関東マップを持参していた。
私達は、写真を一枚一枚撮った場所を関東マップで確認しながら、笑いながら話し合った。
私は写真をめくるたびに、あのときの恐怖が鮮明に思い出されてきていた。
私の手にある写真は、千葉駅付近のパルコ前で撮った写真。
この写真をめくると、次の写真は、アノときのYが大声で歌っている写真が出るはずだった。
私の手は、少し震えており、写真をめくるのを躊躇(ちゅうちょ)していると、Yがあっさりと写真をめくった。
次に出てきた写真は、朝ラブホの前で満面の笑みのYと引きつった笑いの私が写っていた。
あれ?
あの時の写真がない!
私はYに、あの時の写真がないことを告げると、
「あのとき?歌ってた?」
と、なにを言ってるか判らないという素振りを見せる。
私は
「1日目の夜中に、道を聞いて怖い思いをしただろ?」
と、千葉県内陸のページを広げ、あのときのあの道を探した。
道はあったが、どうもおかしい。
地図上の距離が短いのだ。
あのとき、一本道を2時間以上走り続けたはずだ。
それなのに、地図では10km程しかない。
いくらなんでも、それじゃ短すぎる。
そんな私に、Yは
「1日目に道なんか聞いたっけ?」
と答えている。
とても、ふざけている感じではない。
私は
「覚えてないのか?」
と、地図をYに向け説明した。
「この辺りで、お前の地図を見たのが8時頃。この旧××道に入ったのは9時頃。ここまでは、覚えているか?」
Yは
「そう!そう!」
と頷くと、使えない地図を持ってきたことを笑いながら謝っている。
私は、続けた。
「で、ラブホがあったのはこの辺だろ。ラブホに着いたのは何時ごろだった?」
Yは頭を掻きながら、
「確か、12時過ぎてたよな。」
と、首をかしげた。
私は、
「俺達は、この間の3時間何をしていた?たったこの距離を、3時間もかけて走ってたんだぞ!1時間で行けるような距離を、3時間かけて走り続けてたんだぞ!その間のことを、全然覚えてないっていうのか?そんときのことを、ラブホで俺にキレまくっただろ?!いいから、ちょっと写真のネガを見せてみろ!!」
Yは
「俺、3時間もなにやってたんだ?なんで、俺はお前を怒ったんだっけ?」
とつぶやきながら、写真のネガを取り出した。
私は、ネガを窓の明かりにかざした。
そのネガには・・・不自然な部分があった。
パルコ前での写真と、ラブホ前での写真、その間にある写真1枚分の空白。
1枚分だけ感光してしまったかのように、綺麗に真っ白だった。
あの日。
私だけが見た「彼女」の姿。
Yだけが見た「黒い何か」の姿。
あの日の出来事を立証する物は、Yが持つ「1枚分感光してしまったネガ」と「私の記憶」だけとなってしまった。
あれから7年以上経ち、先日結婚式にて久しぶりにYと会った。
2次会で、あの日の話題を出したが、Yの記憶は相変わらず封印されたままだった。