料理のできないお嫁さん

料理のできないお嫁さん

結婚して50日。嫁の飯がまずいと結婚してようやく気付いた。

袋入りでソースが粉の焼きそばを、フライパンのふちいっぱいにたぷたぷに水を入れてこね回し、なんだかよく分からないぶよぶよで焦げ臭い塊に、パセリ(炭化)と白菜(生)セロリ(生)と鶏肉の切れ端(生)が
混ざったものにしたのを出されてようやく、「駄目だ」と本格的に気付いた。

食欲がないと言って残したら、次の日の弁当に無理矢理割ったそれが入っていて、会社の同僚に見つかった。

泣きついた。

その夜は同僚の家にお邪魔した。同僚の奥さんはかなりのメシウマ。

同僚も奥さん本人も「上手くない。凝った料理は作れない」と言うが、基本の料理をきちんと作れて、家庭のお惣菜はなんでもこいの、昔のおかんという感じの人。

超うまいチキン南蛮と、自家製青じそドレッシングのかかった京菜と新玉ねぎのサラダと、新じゃがいものきんぴらと、豆腐とあぶらげの味噌汁と、真っ白いごはんを食っていたら、泣けてきた。本当にどんどん泣けてきて、ついに号泣。

29の男がおんおんと声をあげて泣いた。同僚と奥さん唖然。俺も正直唖然。

どんどん食べな、とごはんを追加で炊いてもらって、ごはんを鍋で炊いているのに更に泣いた。

本当に、どれだけうまい飯が嬉しくて、まずい飯がどれだけ堪えるか知った。

ごはんを2合食って、泣きながら「嫁の飯がまずくて、どれだけ言って聞かせても逆ギレするだけ」と話した。

弁当箱の中に残していたやきそば的なものを見せて、泣いて話した。

奥さんは「私も他人のこと言えないよ?」と同情的だったが、それを見て絶句。やきそばだと言うと、「うーん…」と困り顔。

奥さんも仕事を持って忙しいが、「本当に基本のことなら、私で良ければ…」と料理を嫁に教えてくれると言ってくれた。

帰って嫁に「同僚のAの奥さんが料理を教えてくれるって。よかったら、教わってみないか?」と言ったら、嫁ガン切れ。

「結婚したときのパーティのあと、Aさん送っていったときに見たわよあの人!!あ ん な ブ ス に 教 わ れ る は ず な い じ ゃ な い ! !」

いろいろあって、今離婚協議中。あーあ…。 
ちょっときつい性格だとは思っていたし、自分が美人なことを知ってる性格だったけど そこがまた可愛いと思ってたんだ…。浅はかすぎた…。

あ、言っておくけど別に同僚の奥さんはブスじゃない。

特別美人でもないが、いつもは普通に可愛い人だ。

送っていったときは既に明け方で、化粧なしにパジャマに髪も何もしてなかったんだから、野暮ったく見えて当然だと…。

嫁もそれ言ったあとにバツの悪そうな顔をしたが、俺はもう何も言う気力もなく寝室に引っ込んでしまった。

次の朝起きて、朝食のときに、揚げ餃子とセロリの入った味噌汁が食卓にあって

「なあ、本当に教わってくれよ。俺も一緒に教わるよ。一緒に頑張ろう」と諭してみたが、無視。

また悲しくて涙が出た。それを見た嫁が「なんでこの料理じゃ駄目なの!?普通のお味噌汁と同じじゃない!!」と、またガン切れ。

「どこが普通だ!!!」と泣きながら言うと、嫁も泣きながら「普通じゃない、油揚げとかあぶらものだし、長ネギでしょ!」 (゜Д゜)ハア?

「これは セ ロ リ だ!!!」「何言ってんのよ!!」「お前が何言ってんだ!!」

会社でAにそれを話して、もう疲れたもう嫌だ、そんな言い逃れをする女じゃないと思うんだ、と愚痴った。

A「もしかして、根本的に食材の名前が分かってないんじゃない…?」 よく思い出してみると、嫁の作るものはいつも何かがおかしい。

味付けもおかしいんだが、ハッシュドビーフに豚肉、さばみそと言って出すものもサゴシ。ちりめんじゃこの浮かんだ味噌汁もよく出てくる。

とりあえず同僚に「奥さんにはとりあえず保留と言うことで、申し訳ないと言っておいてくれ」と伝えて、その日から一緒にスーパーに通った。無理矢理連行した。

案の定、肉類は何の区別もついていない。牛豚鶏の区別がついていない。肉は「肉」というひとくくり。

魚は丸のままだと何の区別もついていない。切り身になると赤身白身の区別はついていた。

煮干とちりめんじゃこは同じもの、干物類は「ちょっと大きな煮干」(だしが取れる)という認識。

味の開きのぶつ切りが入っただしなし味噌汁の理由が分かった。

わかめと昆布の区別も同様。わかめが大量に入っている鍋物や味噌汁の理由が分かった。

酷かったのが野菜。本気で長ネギとセロリの区別がついていない。ラディッシュとさつまいもの区別がつかない。

書いてあるだろ?と言うと、スーパーで買い物なんかしたことないから、棚に書いてあっても、その上の物を指すのか下のものを指すのか分からないし、そもそも偽装するから信用出来ないそうだ。

ひとつひとつ教えたんだが、「肉なんかどれでも一緒でしょ?いちいち貧乏臭い!」とか「(店が)嘘ついてるかもしれないでしょ?!」と話にならない。

肉がどれも同じはずはないと思うんだが、本人曰く「ビーフステーキもチキンステーキもあるじゃない。同じだから同じ調理法なんでしょ」だとさ。屁理屈すぎる…。

そんなこんなで2週間ばかり、「これは鶏肉で、これは長ネギだよ。今日は親子丼とかどう?」みたいな感じで、食材を限定してなるべくシンプルな夕食を作ってもらっていた。

Aの奥さんにレシピノートをコピーしてもらったんだが、それも奥さんのお母さんからの代の昭和40年代からの新聞や雑誌や料理本の切り抜きに細かく書き込みがしてあるもので、嫁に見せるとまた「貧乏臭い!」とかキレられそうだったので、いちいち俺が文章に起こして渡していた。

それでもまだ、ウスターソース(調味料をすべてこじゃれた瓶に詰めなおして置いてあるので、濃縮だしと間違えたのか、創作なのか未だに不明)に、鶏肉と長ネギを入れて、割りいれただけの卵(といてない)をかけて焦げ付いたりしたものが出てきていたが、食材を買うところからいちいち口を出しているので、調理過程には口を出していなかった。

その2週間がすぎると、急にものすごく料理が手抜きになった。

ごはんはサトウのごはん、味噌汁はインスタント。惣菜はスーパーやデパ地下。

嫌になったかなあと、ちょっと反省しながら「なあ、Aの奥さんに教わるのが嫌なんだったら、お義母さんに教わろう?ちょっとずつさ、習おうよ」と言ってみたら、嫁顔真っ青。

「嫌!!やめて!!お母さんになんか習いたくない!!」「え、あ、そう…?」「……Aさんの奥さんに、習ってもいい…」「習ってもいいじゃなくて、教わりたいだろ?」「うん…」

別に義母と嫁は仲が悪いわけじゃない。ごく普通だ。

なんだろうこのリアクションと思ったけど、嫁なりのプライドかと思って何も言わなかった。

Aの奥さんは仕事を持っている人で、正直とても多忙。

それから日程の調整をつけるまで、またちょっと時間がかかった。

その間、2日手抜き(俺にとっては天国)が続いたら、1日は何やかしと作ってくれる。

相変わらず味はおかしかったし、謎のものも入っていたが、俺はその頃割と楽観していた。嫁は大人しいし。

「絶対作ってるところ見ないで!!」と言うけれど、食後の片付けも何もかもやってくれるので、心を入れ替えたかなと思っていた。

それから16日後、俺が多分一生忘れられない日に、「味噌汁」「ごはん」「目玉焼き」「厚焼き玉子」「焼き魚」「野菜炒め」「鶏のてりやき」「カレー」を教えるために、Aと奥さんが朝から来てくれた。

一日中朝昼晩と一緒に作って、それなりに楽しく過ごす予定だった。

……が、嫁が朝からいない。何か食材に買い足しだろうか、それともDVDでも借りに行ってるんだろうかと(そういう遊びの部分もあるつもりだった)軽く構えていた。

奥さんは「私勝手に台所はいらないほうがいいですよね?」と言うんで、「あ、じゃあちょっと茶でも」「じゃあ私お手伝いします」とものすごく久しぶりに台所に入ったら

「あああああああああああああああ!!」

奥さんが俺の後ろで悲鳴を上げた。アヒャアアア!!ヒャ、ヒャアア!うわあああ!!みたいな感じで。

仕事柄もあって肝の据わった彼女がそんな悲鳴を上げるなんてありえないと思っていたんだが、俺も遅れて絶叫。

壁にびっしり張り付いた蛆、大量に飛び交う小バエ。

流しにはゲル状の腐りきったものが入ったままの鍋やフライパンが山積み。そこにも蛆がうじゃうじゃいた。

ふたりで叫びまくって、Aもやってきて三人で絶叫。

驚きが終わると、「もしかして俺はここで作った飯を食ってた?」と気付いてその場で吐いた。

吐いて吐いて吐きまくった。胃液しか出なくなっても吐いた。泣いた。

Aも奥さんも涙目だったけど、うずくまって胃液まみれで俺が泣きじゃくってたら

奥さんが 「掃除します!!」と立ち上がって出かけていった。

俺はAに連れられて風呂場に行って、シャワーを浴びてリビングで泣いていた。時々吐いた。

奥さんはまずバルサンをたきまくって小バエを殺し、壁からも天井からも落ちてくるうじ(バルサンで死なないらしい)をほうきと雑巾で叩き落し掃き集め、腐りきった料理の残骸を捨て、 台所中にはえとり紙を吊るしてくれた。

嫁が置きまくったと思われる脱臭剤にもうじが湧いていたそうだ。

嫁は帰ってこなかった。逃げたんだなと気付いたのは、うじまみれになった奥さんがシャワーを 浴びてからのことだった。

その日はAの家に泊めてもらって、次の日に病院に行った。

嫁はその頃友人の家を転々としていたそうだ。捕まらないので、先に嫁実家に連絡した。

義父母は「やっぱりちゃんと料理してるなんて嘘だったんだ…」と半泣きだったが、台所をうじ塗れに したのはなかなか信じてくれなかった。

Aが俺が「もう嫌だ」「別れたい」と泣きながら繰り返すのを聞いて、もしかしてと掃除の途中で 撮っておいてくれた写真でようやく納得してくれた。

泣きながら謝られた。一刻も早く別れたくて、義父母に連絡した日のうちに弁護士事務所へ行った。

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